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027.旧旧赤芝橋

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所在 山形県西置賜郡小国町
竣工 不詳
撮影 平成17年5月。雪景色のものは平成17年1月。
地図 
ココ
備考 橋脚のみ現存。

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僕が旧橋に興味を持ったきっかけは、以前に紹介したから009.旧赤芝橋だったように思う。R113を何度も往復しているうちに、そこに多く残る旧道跡に魅かれてゆく過程で写真の橋脚跡を見つけ、「こんな所に橋の跡がっ!」と驚き、こんな地形にどんな橋が架かっていたのだろうかと想像し、以来僕の中では旧赤芝橋跡は気になる存在となった。
これらのことに関して、ネット上には管見の限り全く情報がなかったが、その後旧赤芝橋の記事で紹介したように、写真の橋脚跡は車道の橋の跡ではなく、車道の橋の遺構は別に存在していたことも判った。
そして写真の橋脚跡は、僕の中で昔の遊歩道かなんかの跡だろう、ということで片付いていた。

そんななか、先の026.旧回顧橋について調べるうちに、衝撃的な写真を見つけてしまったのだ!

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土木学会付属土木図書館所蔵

じゃーん!コレだ!
キャプションには「小国峡赤芝トビラ沢」とある。写真の年代は戦前だが不詳。
だがこの見覚えある気色、これはまさに赤芝橋のところでしょう!!

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特徴ある三角形の山の形から、絵葉書の写真は新潟側から小国側を望んだものだろう。
上の左の写真は大体似たアングルからの橋脚跡で、右の写真はちょっとひいたアングルからのもので、山の形を確認できると思う。
また、橋自体の様子はコンクリート製ではなく明らかに木橋なので、落橋している車道の旧赤芝橋でもない。幅も狭い。
ということは…。やはり旧旧赤芝橋とすることができるだろう。
すると旧赤芝橋、現赤芝橋は木橋の左側(上流側)に架かっていることになる。

旧赤芝橋の竣工は昭和13年頃と推測されるので、その頃に架け替えられたとすれば年代的にもおおよそ辻褄が合う。
とすれば、3代に渡る赤芝橋の年次は次のようになる。

初代  ?~昭和13年頃
2代   昭和13年頃~昭和42年
3代    昭和42年~現在

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木橋の先端には、なにやら観光名所の看板柱が2基見えるが、これの名残か、もちろんモノ自体は全く違うものだろうけど、同じような看板は旧道敷への入口を示すかのように今でも小国側に立っている。
相変わらず新潟側の橋の取り付け部についてはよくわからない部分が多いが、現在も遊歩道のように残る道跡を通り、新潟側の広場(ドライブイン跡)に通じて現道に接続するのだと思う。ここについては前回旧赤芝橋の記事に書いたとおり。

いやいや、まさか旧旧赤芝橋の現役時代の写真にお目にかかれるとは思っていなかったなー。
旧赤芝橋の写真も見たことないのに。
ネット上でも全く顧みられていない旧赤芝橋、旧旧赤芝橋だが、僕の中ではいまだに興味深く、これからもR113を通るたびに気になる存在であり続けると思う。

…と、これだけ騒いで実は『小国町史』とかに詳述されてたりして…。
早いとこ見てみないと。

◇絵葉書の画像は、土木学会付属土木図書館の土木デジタルアーカイブスに掲載の画像を、土木学会付属土木図書館の許可を得て転載しました。無断転載は御遠慮下さい。

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026.旧回顧橋

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所在 栃木県那須塩原市
竣工 不詳
撮影 平成18年12月
地図 
ココ
備考 現在は車両通行止。銘板なし。

年末となり、新聞紙上などでも今年を回顧する記事が散見されるようになってきた。
そこで、回顧橋。
先日那須へ行ったときの帰りに立ち寄った。

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旧道は崖の上を走り、そこからの眺めはとてもきれいだ。
橋上の道幅はとても狭く、当時の山道なんてどこもそうだったんだろうけど、現役時代はドライバーは結構怖かったんじゃないかと想像する。ちなみにすぐそばの現道の回顧トンネルと現回顧橋は昭和53年の竣工で、それまでこの旧回顧橋が使われていたことになる。

後でネットでさっと調べてみると、尾崎紅葉が『金色夜叉』の中で「回顧橋」に触れているそうだ。で、その「回顧橋」をココの「回顧の吊橋」(上の写真にも小さく写っている)と紹介しているものも多いが、どうだろう。
「回顧の吊橋」は昭和62年竣工との記事もあり、それ以前にも古いものが架けられていた可能性もあるが、吊橋=古いもの、でもないから、案外こっちのR400旧道の方の旧回顧橋が『金色夜叉』に記述のある「回顧橋」なんじゃないのかと思う。
でも、尾崎紅葉にはほとんど興味がないし、これらの云々も全て帰宅後知ったことで、現地では「あ、古い橋だ、やったー」くらいのもので、僕にとっては「古い橋」であることの方が重要なんだから、どうでもいいっちゃあどうでもいい。

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ところで、どうでもいいっちゃあどうでもいいと言いながらなお書くが、上記の『金色夜叉』の「回顧橋」云々の件は、全く根拠がなくもない。
というのは、ネットで回顧橋を調べるうちに、貴重な画像を見つけてしまったのだ。

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土木学会付属土木図書館所蔵

これ。
恐らく昭和初期頃の絵葉書だろうか。似たようなアングルから撮った今回の写真と並べてみると、同じ橋であることがわかる。
こういう名所の絵葉書は、新潟で歴史資料整理のバイトをしてた頃、新潟市内のものをいやというほど見てきたが、当時は全国各地の名所の絵葉書が流行していた(まあ今もあるか)ので、今も多く残っている。
で、この絵葉書には「ここは塩原山中絶景第一の称ある回顧橋でございます」との御丁寧な解説文が記されている(ちなみに橋上のバスは加筆された絵)。
要するに、当時から絶景の観光名所として有名だったようなので、やはり紅葉もこちらを知っていたか訪れたかで、書いたんじゃないかなーと。
あー、でも紅葉は江戸末期生まれで明治期に死んでいるから、さすがに当時はこの鉄筋の橋はないか…。じゃあ、旧旧回顧橋が架かっていた?それともやっぱ吊橋の方??

うーん…やっぱよく判んないな。
まあ、今回は当時の写真も見つけられた貴重な旧橋の紹介ということで…。
回顧橋について詳しい情報をお持ちの方、情報お待ちしています。

実はこの回顧橋について調べる過程で、僕にとってこの回顧橋の絵葉書よりさらに重要な橋の写真が写った絵葉書を発見をしてしまったのだ!
…それはまた次回(まあ、あくまでも僕にとって重要なだけなんですけどね)

◇絵葉書の画像は、土木学会付属土木図書館の土木デジタルアーカイブスに掲載の画像を、土木学会付属土木図書館の許可を得て転載しました。無断転載は御遠慮下さい。

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