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030.旧下杉橋

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所在 山形県西置賜郡小国町
竣工 昭和7年
撮影 平成17年5月
地図 
ココ
備考 北東側の親柱1基のみ現存。

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029.旧上杉橋と同じときに訪れたもの。旧上杉橋と対を成す旧下杉橋。
すぐ傍に現下杉橋が架かっており、そこからはただの古い農道?のようにしか見えないが、この貧弱でボロボロの橋が旧国道113号線なのである。そう見ると、いかにも旧道!な線形をしている。
この撮影当時はまだ「あー古い橋だ!撮っておこう」くらいの意識だったので、撮影が甘く、橋の全体像が分かりにくいが、親柱は1基しか残っておらず、銘板も埋もれかけているのがわかる。
やはり豪雪に耐えているためか、傷みが酷く、毎年橋の上に数十センチの雪が重そうに積もっているのを見るにつけ、今にも落橋しそうで心配になる。

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北西側の川面を覗くと、親柱らしきものが転がっている。意外と川面までは急斜面で高さがあり、下りてまで確認できなかったが、次回には何とか見てみたい。

橋の周りをうろうろしていると、側の畑で作業していたおばちゃんに話しかけられた。
旧道の頃は冬は全くの交通途絶、陸の孤島であったこと、畑に道路の砂利が飛んできて難儀したことなどを話してくれた。
舗装道が当たり前になっている僕にとって、未舗装時代の旧国道の話を聞くことは実に生々しく感じられ、興味深い。未舗装の国道というものを普段はなかなか実感しづらいのだ(一部の間で有名なR458は通ったことあるが)。

まだまだR113南陽-小国間には旧橋が残っている。
雪と藪に阻まれてなかなかその姿を拝む機会がないのだが、時期を見て旧上杉・下杉橋も含め、それらをきちんと撮影しておきたい。

ちなみに昭和7年といえば、問答無用で5・15事件の年。他に血盟団事件があったりと、なんとも物騒な年だった。

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029.旧上杉橋

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所在 山形県西置賜郡小国町
竣工 大正13年12月
撮影 平成19年5月再撮影→画像を差換え。
地図 
ココ
備考 北東側の親柱は現存せず。

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009.旧赤芝橋027.旧旧赤芝橋に続いて僕にとってはお馴染みの国道113号線の旧橋。
すぐ上を現道の現上杉橋が通っており、旧上杉橋は常に日陰となり非常に影が薄くなっている。この地は有数の豪雪地帯のひとつであり、毎年大雪に埋もれるためか欄干の痛みは激しく、南西側の親柱は傾き、今にも川に落ちそうになっている。

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この橋、竣工が大正13年と実はかなり古い。
今までこのブログで取り上げた石橋を除く旧橋の中で、竣工年代が判明しているものとしては最古である。
そんな貴重な橋なのだが、これからも毎年傷みは進行してゆき、終には人知れず川へその姿を沈め、二度とその姿を見ることができなくなってしまうと思うと非常に惜しく、歯がゆい。
出来るものなら何とかしたいが、今はこうしてブログに(これもまた人知れず)その姿をアップするのみである。

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ちなみに大正13年12月に、ドイツの顕微鏡メーカー、ライツ社の技師バルナックが小型高性能カメラを開発した。
これがバルナックⅠのA型だ。

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028.東宮橋

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所在 山形県上山市
竣工 昭和4年10月
撮影 平成19年1月
地図 
ココ
備考 

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以前の014.宮川水管橋の上流側にある橋。
昨年秋にも写真を撮っておいたのだけど、雪景色もきれいなのでこっちにしてみた。

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上流側には東宮新橋と市内で抜群の異彩を放っている高層マンションが、下流側には
近年竣工したかかし橋や仙石橋、さらには宮川水管橋が見える。

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この東宮橋というやんごとなき橋名、由来はなんだろう。
東宮といえば皇太子をさす言葉だ。
竣工前年の昭和3年11月には昭和天皇が即位しているが、今上天皇は当時まだ生まれてなく、皇太子は不在だった。
東宮橋を作り始めた当時、即位を控えていた皇太子時代の昭和天皇に因んだのか、或いは親王誕生を祈念してのものだったのか。それとも全く別の由来があるのだろうか。

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子どもの頃は全く由来など意識もせず、古い橋であることも知らずに渡っていた橋だが、改めて見れば興味深い。田舎なので、しゃがみこんだり雪に分け入ったりしながら橋の写真などを撮っていると大分目立つが、写真に残しておく価値を十分に持った橋だ。
橋の下流側には、後のものか歩行者用の橋も設けられている。

ちなみに昭和4年10月に、米ウォール街の株式市場で大暴落が発生。
所謂「暗黒の木曜日」。これをきっかけに未曾有の世界恐慌が始まった。

追記(H.19.2.1)
東宮橋の橋名は、上山と村・生村を結ぶ「東宮街道」に架かる橋であることに由来するものだと判明しました(郷土出版社『東南村山今昔写真帖』)。
僕の予想は完全にハズレ…(泣)。
いろいろ想像が膨らんだのに、随分と単純な由来じゃないかよー!

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