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038.明鏡橋

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所在 山形県西村山郡朝日町
竣工 昭和12年10月
撮影 平成19年3月
地図 ココ

備考

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名前も姿も端正な橋。037.最上橋とともに最上川に架かる。
この橋のある山形県朝日町は父の故郷で、この橋も父が子供のころの記憶に残っているらしい。
この橋の全体像は、隣の新明鏡橋から出ないと見れないが、その新明鏡橋は凄く高く、風も強いので、欄干からこの橋を撮る時にはかなり怖く、すっかり及び腰になってしまった。

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最上橋と似た感じであるが、こちらのほうが補修の後も少なく、雰囲気をよく残していると思う。それにしてもダイナミックな橋で、よく戦前にこんな橋を作ったものだなあと思うが、人類の歴史から見れば、古代ローマの例を出すまでもなく、ずうっと昔に人はいろいろとデカイものを作っていたわけで、人って凄いですな。
全体を横から撮った写真をよーく見ると、この橋の下の川面には、木製の杭のようなものが確認できる。
おそらくこれは旧旧明鏡橋のものであろう。
昭和12年以前の木橋、果たしてどんな姿をしていたのだろう。
自治体史などには、あるいは写真も残っているかもしれない。

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最後に新明鏡橋とのツーショット。
旧橋になったとて、この橋は廃れることなく、新橋と仲良く並んで余生を送っていきそうである。

ちなみに昭和12年10月、ペリカン便でおなじみの日本通運が設立され、詩人中原中也が30才の若さで死去した。

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