015.覗橋

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所在 山形県上山市
竣工 明治15年
撮影 平成16年10月
地図 
ココ
備考

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013.新橋のすぐ下流にある。
上山市内の明治期に作られた4つの石橋のうちのひとつ。
新橋も覗橋も重量制限は4.0tで、外見もほとんど同じだが、覗橋の方が辺りの雰囲気もより自然に感じられ、より風景に溶け込んでいるように思える。

この橋ができた当時、人々は疑って渡ろうとしなかったというが、その後およそ120年が経過した現在でもなお車や人々を渡しているというのは立派だ。
下手なコンクリート橋よりも安定感があり、将来もまだまだ現役でその姿を保って行くことだろう。

ちなみに明治15年、岐阜県で自由党総理板垣退助が暴漢に襲われた。
「板垣死すとも自由は死せず!」と言ったとか言わなかったとか。
うーん、まるっきり教科書の世界のようだ。自分の生きる現代から隔絶した過去って感じがする…。19世紀だもんなー。

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013.新橋

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所在 山形県上山市
竣工 明治13年8月
撮影 平成18年9月
地図 
ココ
備考

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上山市内には、明治期に作られた4つの石橋がある。
その内のひとつ、新橋。
やはり明治期に作られた石橋には独特の美しさがあるように思う。
んが、正直僕の好みからは微妙にずれるのだ。
なんか、このくらい古いものになると、もうすっかり、ジャン!歴史的遺構!!みたいになっちゃって、なんかこう、生々しさのようなものがなくなってしまい、博物館の展示物を見ているような気になってしまう。
なので僕の好みとしては昭和初期から20年代位までの、コンクリート橋。

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この新橋のある楢下は江戸期の宿場として、関連するいろんな建物が整備され見学できるようになっている。集落一体的に歴史的な景観を尊重しているのだ。
素晴らしいことだが、これも僕にとっての「生々しさ」を失わせる一因なのかもしれない。

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まあなんだかんだいっても、綺麗な趣のある風景であることには間違いないのであります。

ちなみに明治13年8月に、駅の乗降客相手の「新橋車夫会社」が設立され(新橋繋がりで。勿論こっちは東京の新橋)、この年「へなちょこ」という言葉が流行した。

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