046.日向橋

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所在 山形県山形市
竣工 不詳(推定昭和4年9月)
撮影 平成18年7月
地図 ココらへん??かなり記憶が曖昧。
備考 平成19年3月再撮影→画像を一部差換え。

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一連の旧道に沿った旧橋を撮り続け、そろそろ終わりかな?と思った頃に現れた大ボスのような旧橋。
と言っても、特に大きな橋と言うわけではないのだけれど、旧橋の魅力がぎゅっと凝縮されたような、重厚な橋なのだ。

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銘板に傷みがあり、竣工年次がわからないのがとても残念だけど、この橋より南の045.萱場橋044.ひらあい橋がそれぞれ昭和6年、同5年であることと、銘板の欠損部分をよく見てみると「四」らしき文字が見えることから、恐らく昭和4年9月の竣工ではないかと。

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この辺りの旧道は結構入り組んでいて、一連の旧橋群は互いに離れてはいないのだけど、後で地図を見てみても、どこをどう走ったのかイマイチわかりにくい。
それゆえ、この辺りの一連の旧橋の地図は、だいぶ不確かなものとなっている。
大体この辺りかな?と参考程度に。

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春の夕暮れ、いい雰囲気の中での再撮影。
なかなか思い出深い橋だ。

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043.旧上輪橋

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所在 新潟県柏崎市
竣工 不詳(推定昭和14年頃)
撮影 平成19年12月
地図 
ココ
備考 橋名は推定。

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やっと見つけた執念の旧橋。
…というのもいささかオーバーなのだが、ちょっとした訳があるのだ。

今年の春頃、出張で北陸道上を高速バスで新潟に向けて乗っていた。
バスとか電車に乗るときは、ゆっくり外を眺めていられるので、なんとなく旧道探しなんてやっている。特に高速道路上のバスなんかからだと、視点がだいぶ変わるので、面白いものが見つかることもある。
すると、米山付近で、アーチ状の古そうな橋が目に入った。
見たのは一瞬だったが、それは一見して古臭く、強く印象に残った。
米山辺りの海岸にはでっかいアーチ橋がいくつかあるが、明らかにそれらの旧橋と判るものだった。
急いでメモし、後日訪れる機会を待っていた。
しかし米山辺りは、新潟方面に向かう途中にあり、そこを目的にすることはなかなかない。殆どは新潟へ行く用事のついでなので、ゆっくり時間も取れない。
地図で橋の位置の検討はつけた。
しかしなかなか旧道への入り口が判らない。
もちろんちゃんと詳しい地図を持っていけば一発なのだろうが、いつもついでなので準備が甘いのだ。

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前回は上越側からチャレンジした。
車では行けなさそうだったので、寂しく寒い曇天の下、心細い思いをしながら車を降りて歩いた。旧道を歩くというのはなんとも心細く、小走りになる。
すると、がけ崩れ。
言うまでもなく今年の夏の中越沖地震のせいだ。
このときも「ついで」だったので、反対側から再チャレンジすることなくあっさり撤退。
一瞬あの橋は地震のせいで孤立してしまったのかと思ったが、考えてみれば、上輪の集落はあるのだから、そんなはずはない。
そして今回友達の結婚式へ向かう途中、反対の新潟側から旧道に入った。

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例によって地元の人の好奇の視線を浴びつつ車を走らせると、橋はあっけなく見つかったが、車中からは一見平凡な橋に見える。
当時の印象は自分の中でだいぶ誇張されていたか…と思い、車を降りると、
かなりの迫力!!いいぞ、これは!

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両岸は相当深い谷で、欄干は旧橋らしく低く、改修も受けていないのでので、恐い。
うまく橋全体を見渡せる場所も少なく、岸を結構ぎりぎりまで行かないとならず、恐い。
銘板が一枚も残っていなかったのが残念だが、上輪大橋の竣工が昭和40年なので、それまで使われていた旧上輪橋(名称はともかく)と考えて間違いないだろう。
そして、上輪大橋と同時期に竣工した米山大橋の旧橋に相当する谷根橋(後日アップ)の竣工が昭和14年であるから、恐らくこの橋も同時期の竣工だろう。

それにしても趣のある橋だ。
けれども、こういう趣のある橋ほど、反面不気味さもあるように思えるのはなぜだろう。
こんな迫力のある橋が、物言わずひっそりと隠れていた、というのがなんか恐いのだろうか?
曇天と寒さと枯れた風景の中、地震にもビクともせずに、橋はいた。
上輪大橋や米山大橋は地震の影響を受けたというのに!

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上輪大橋。
壮大なアーチ橋だが、これでも昭和40年の竣工。

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僕はあの高速上からこの橋を見たんだ。

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041.下達橋

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所在 新潟県上越市
竣工 不詳
撮影 平成19年10月
地図 
ココ
備考 親柱が転がっています。

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さらに新潟県の旧橋。
一見そう大したことなさそうな橋だが、横から見ると橋脚がなかなか迫力のある形をしており、面白い。
親柱はかなり傷んでいて、竣工年次は残念ながら不詳。
銘板はうれしい「表札」型。
上の写真にも写っているが、親柱が橋の横に無残に転がっている。

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この転がっている親柱に竣工年次の銘板があることを期待したのだが、残念ながら橋名のものだった。左右両側ともに橋名の銘板が嵌められた親柱というケースはあまり無いように思えるがどうなんだろう。
しかし、この欄干の拭低さ、全体の雰囲気などから、ほぼ戦前、昭和初期のものと見ていいんじゃないだろうか?

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この橋の南側(上の写真側)には親柱があったような感じはしない。
しかし、川側の欄干中ほどに親柱のようなものが見える。
こちら側に親柱が無かったとすれば、竣工年次などの銘板はどこにあったのだろうか?
最初から無かったのか?
親柱の無い中途半端さは、どこか034.瀬川橋にも似ている。

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なんかよく判らない橋だけど、きれいな景色の中にあって、形も好きだし、近くには「日本一のトコロテン」のお店もあるし、そこそこ通行もあるようだし、がんばれ!(←??)

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034.瀬川橋

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所在 岩手県花巻市
竣工 不詳
撮影 平成19年2月
地図 ココ

備考 現在は連続する033.朝日橋と共に「朝日橋」とされている。

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朝日橋と共に北上川に架かっている橋であるように見えるが、現在は河川改修を経てもっと北で北上川に合流している瀬川が、かつてはこの辺りで合流しており、そのため当時はれっきとした「瀬川」に架かる「瀬川橋」であったらしい。
しかしぱっと見はどう見ても一続きの橋に見え、西側には銘板も残っておらず、これが瀬川橋であったということは地元の人でもなかなか気付かないのではないだろうか。

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僕も写真の銘板を見るまでは、どういうことなのかよく分からなかった。
この橋名が記された一枚の銘板が残っていることで、辛うじてこの橋が朝日橋の一部なのではなく、瀬川橋という独立した橋であったことが知られる。
朝日橋のところでも書いたが、トラス構造を持つ朝日橋に比べれば非常に地味であり、瀬川橋にとっては損だ。竣工年次も不明で、状態も朝日橋に比べて良くない。

ところで、上に掲載した写真にはちらちらと気になる影が写っていることにお気づきだろうか。
西側左手の親柱(14tの重量制限の標識が立っているやつ)の写真をしゃがみこんで撮っていると、どうもファインダー(正確にはカメラ背面の液晶モニター)にちらちらと黒く四角いものが入り込む。
モニターから一旦目を離して、それを確認…。

!!

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027.旧旧赤芝橋

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所在 山形県西置賜郡小国町
竣工 不詳
撮影 平成17年5月。雪景色のものは平成17年1月。
地図 
ココ
備考 橋脚のみ現存。

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僕が旧橋に興味を持ったきっかけは、以前に紹介したから009.旧赤芝橋だったように思う。R113を何度も往復しているうちに、そこに多く残る旧道跡に魅かれてゆく過程で写真の橋脚跡を見つけ、「こんな所に橋の跡がっ!」と驚き、こんな地形にどんな橋が架かっていたのだろうかと想像し、以来僕の中では旧赤芝橋跡は気になる存在となった。
これらのことに関して、ネット上には管見の限り全く情報がなかったが、その後旧赤芝橋の記事で紹介したように、写真の橋脚跡は車道の橋の跡ではなく、車道の橋の遺構は別に存在していたことも判った。
そして写真の橋脚跡は、僕の中で昔の遊歩道かなんかの跡だろう、ということで片付いていた。

そんななか、先の026.旧回顧橋について調べるうちに、衝撃的な写真を見つけてしまったのだ!

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土木学会付属土木図書館所蔵

じゃーん!コレだ!
キャプションには「小国峡赤芝トビラ沢」とある。写真の年代は戦前だが不詳。
だがこの見覚えある気色、これはまさに赤芝橋のところでしょう!!

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特徴ある三角形の山の形から、絵葉書の写真は新潟側から小国側を望んだものだろう。
上の左の写真は大体似たアングルからの橋脚跡で、右の写真はちょっとひいたアングルからのもので、山の形を確認できると思う。
また、橋自体の様子はコンクリート製ではなく明らかに木橋なので、落橋している車道の旧赤芝橋でもない。幅も狭い。
ということは…。やはり旧旧赤芝橋とすることができるだろう。
すると旧赤芝橋、現赤芝橋は木橋の左側(上流側)に架かっていることになる。

旧赤芝橋の竣工は昭和13年頃と推測されるので、その頃に架け替えられたとすれば年代的にもおおよそ辻褄が合う。
とすれば、3代に渡る赤芝橋の年次は次のようになる。

初代  ?~昭和13年頃
2代   昭和13年頃~昭和42年
3代    昭和42年~現在

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木橋の先端には、なにやら観光名所の看板柱が2基見えるが、これの名残か、もちろんモノ自体は全く違うものだろうけど、同じような看板は旧道敷への入口を示すかのように今でも小国側に立っている。
相変わらず新潟側の橋の取り付け部についてはよくわからない部分が多いが、現在も遊歩道のように残る道跡を通り、新潟側の広場(ドライブイン跡)に通じて現道に接続するのだと思う。ここについては前回旧赤芝橋の記事に書いたとおり。

いやいや、まさか旧旧赤芝橋の現役時代の写真にお目にかかれるとは思っていなかったなー。
旧赤芝橋の写真も見たことないのに。
ネット上でも全く顧みられていない旧赤芝橋、旧旧赤芝橋だが、僕の中ではいまだに興味深く、これからもR113を通るたびに気になる存在であり続けると思う。

…と、これだけ騒いで実は『小国町史』とかに詳述されてたりして…。
早いとこ見てみないと。

◇絵葉書の画像は、土木学会付属土木図書館の土木デジタルアーカイブスに掲載の画像を、土木学会付属土木図書館の許可を得て転載しました。無断転載は御遠慮下さい。

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026.旧回顧橋

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所在 栃木県那須塩原市
竣工 不詳
撮影 平成18年12月
地図 
ココ
備考 現在は車両通行止。銘板なし。

年末となり、新聞紙上などでも今年を回顧する記事が散見されるようになってきた。
そこで、回顧橋。
先日那須へ行ったときの帰りに立ち寄った。

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旧道は崖の上を走り、そこからの眺めはとてもきれいだ。
橋上の道幅はとても狭く、当時の山道なんてどこもそうだったんだろうけど、現役時代はドライバーは結構怖かったんじゃないかと想像する。ちなみにすぐそばの現道の回顧トンネルと現回顧橋は昭和53年の竣工で、それまでこの旧回顧橋が使われていたことになる。

後でネットでさっと調べてみると、尾崎紅葉が『金色夜叉』の中で「回顧橋」に触れているそうだ。で、その「回顧橋」をココの「回顧の吊橋」(上の写真にも小さく写っている)と紹介しているものも多いが、どうだろう。
「回顧の吊橋」は昭和62年竣工との記事もあり、それ以前にも古いものが架けられていた可能性もあるが、吊橋=古いもの、でもないから、案外こっちのR400旧道の方の旧回顧橋が『金色夜叉』に記述のある「回顧橋」なんじゃないのかと思う。
でも、尾崎紅葉にはほとんど興味がないし、これらの云々も全て帰宅後知ったことで、現地では「あ、古い橋だ、やったー」くらいのもので、僕にとっては「古い橋」であることの方が重要なんだから、どうでもいいっちゃあどうでもいい。

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ところで、どうでもいいっちゃあどうでもいいと言いながらなお書くが、上記の『金色夜叉』の「回顧橋」云々の件は、全く根拠がなくもない。
というのは、ネットで回顧橋を調べるうちに、貴重な画像を見つけてしまったのだ。

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土木学会付属土木図書館所蔵

これ。
恐らく昭和初期頃の絵葉書だろうか。似たようなアングルから撮った今回の写真と並べてみると、同じ橋であることがわかる。
こういう名所の絵葉書は、新潟で歴史資料整理のバイトをしてた頃、新潟市内のものをいやというほど見てきたが、当時は全国各地の名所の絵葉書が流行していた(まあ今もあるか)ので、今も多く残っている。
で、この絵葉書には「ここは塩原山中絶景第一の称ある回顧橋でございます」との御丁寧な解説文が記されている(ちなみに橋上のバスは加筆された絵)。
要するに、当時から絶景の観光名所として有名だったようなので、やはり紅葉もこちらを知っていたか訪れたかで、書いたんじゃないかなーと。
あー、でも紅葉は江戸末期生まれで明治期に死んでいるから、さすがに当時はこの鉄筋の橋はないか…。じゃあ、旧旧回顧橋が架かっていた?それともやっぱ吊橋の方??

うーん…やっぱよく判んないな。
まあ、今回は当時の写真も見つけられた貴重な旧橋の紹介ということで…。
回顧橋について詳しい情報をお持ちの方、情報お待ちしています。

実はこの回顧橋について調べる過程で、僕にとってこの回顧橋の絵葉書よりさらに重要な橋の写真が写った絵葉書を発見をしてしまったのだ!
…それはまた次回(まあ、あくまでも僕にとって重要なだけなんですけどね)

◇絵葉書の画像は、土木学会付属土木図書館の土木デジタルアーカイブスに掲載の画像を、土木学会付属土木図書館の許可を得て転載しました。無断転載は御遠慮下さい。

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024.橋名不詳(いわき市)

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所在 福島県いわき市
竣工 不詳
撮影 平成18年10月
地図 ココ
備考 銘板は全て欠落。

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023.高田橋に続いていわき市の旧橋第2弾。
R49を走っていると、なんとも可愛らしい橋を発見。
華奢な欄干と、親柱に乗っかった半球が実にキュート。

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反面、銘板の跡はとても大きく、大分大きなサイズの銘板が嵌め込まれていたと思われる。できれば実際に銘板を見てみたかったものだ。
この道はR49の旧道ではなさそうで、林道に続いている。R49からのアプローチも直角で入りにくく、あまり利用されている気配は無い。
よく見ると親柱の直方体の部分は平凡な直方体ではなく、角が面取りされている。さりげないがこんな所も凝っているじゃないか!
見れば見るほどキュートな橋だ。

結構いわき市内には旧橋が多く存在していると見た!
…かなりデカイ市だけど。

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022.千本橋

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所在 山形県上山市
竣工 不詳
撮影 平成18年10月
地図 
ココ
備考

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上山の新湯温泉街の路地裏にひっそりとある橋。
今はなき旅館城戸口屋の角を曲がるとある(マピオンの地図では「坂戸口屋」になってるが…)。
欄干には普通の白いものが取り付けられ、銘板も小さく目立たないので、古そうな橋とも、場合によってはそこに橋があること自体忘れられがちな感じのする気の毒な橋である。

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全体的にはとてもキレイなんだけど、この感じはやはり昭和初期~前期の竣工のように思えるのだがどうだろうか。親柱はオリジナルではないのかな?
こんなささやかな橋に「千本橋」という名前は一体どういうわけなのだろう。
特に大切にされてはいないが、粗末にされている感じでもない、そんな橋。
気付けばそこにいる…みたいな。
大切なものの価値は失って初めて分かる…みたいな。

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この橋が架かる荒町川は、ここ10年くらいで大分きれいになった。

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018.細野橋

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所在 新潟県魚沼市
竣工 不詳
撮影 平成18年10月
地図 ココ
備考 橋名はすぐそばの「新細野橋」から推測。

奥只見ダムに向かってR252を走っていると突然目に入ってきて、急停車。
いやー、ものすごく味がある!イイ!
道も封鎖されているが、柵は簡単に越えられるので、対岸まで渡ってみようかとも思ったけど、…怖い。
ネットの世界には、真っ暗な隧道に平気で踏み込んでいかれる怖いもの知らずの方々も多いが、僕には無理だー!
こんな橋でも、落ちるんじゃないか?などと思ってしまう。
そういうわけで、安全に撮影。
銘板は西岸にはなし。よって橋名・竣工年次共に不明。
でもこの雰囲気はやはり昭和初期のような気がする。
この時対岸には渡られなかったので、奥只見ダムの帰り道、対岸に寄ってみた。

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東岸はより厳重に封鎖されていた。
それもそのはず、一部が崩れて渡れなくなっていた。怖い。銘板もない。
すぐ近くに架けられている現道の橋を見てみると、それは「新細野橋」。
ということで、十中八九この橋の名は「細野橋」で良いだろう。
新細野橋の竣工は意外と古く、昭和46年12月であり、ということは細野橋は当時まで使われていたことになる。廃止されて35年!
現橋に取って代わられてからも現役として人を渡す橋が多い中で、封鎖されており、しかもその後35年も経っているというこの橋は、その外見とも相まって、なんとなく不気味な印象を与えた。
冒頭にイイ!と言っておきながら、最後には不気味だなどと書いてしまったが、そういう全ての雰囲気を含めて、非常に非常に印象的な橋だった。

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012.本郷橋

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所在 山形県鶴岡市
竣工 不詳
撮影 平成17年8月
地図 
ココ
備考

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本郷橋、親柱が一つしか残っておらず(東詰にも無かったと思う)、名前しか判らないのが残念。
しかし、欄干の雰囲気などから、昭和初期、戦前頃の竣工だと思う。
結構長く、立派な橋だけに惜しい。
しかし、全体に安定していない感じがして、当時増水していたこともあり、渡るのが少々怖かった。
親柱がかけたところは金属網で補修してあるけど、いかにも間にあわせという感じでいただけない。
本郷橋への愛情が感じられないぞ…。

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橋の銘板の書体はいかにも昭和初期の感じの力強い筆で、風格が感じられて恰好よかった。

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